太平洋戦争の嘘と真実 Vol.3 —第二次世界大戦は共産主義者との戦いだった

原子爆弾

太平洋戦争の嘘と真実 Vol.1 —ルーズベルトの仕掛けた罠と、「侵略」プロパガンダ
太平洋戦争の嘘と真実 Vol.2 —共産主義者の工作だったハル・ノートとJB-355計画

共産主義者ルーズベルトの罪

ルーズベルトの周囲には共産主義者のスパイが暗躍していましたが、ルーズベルト自身も容共主義者であり、ほとんど社会主義者、共産主義者そのものであったと考えられます。彼の代名詞であるニューディール政策(世界恐慌から脱却するための政策)も、後に共産主義革命の一部だったと判明し、多くの共産主義者(民主党系)の連邦公務員やスタッフが追放されました。

ルーズベルトは政府が市場経済に大規模介入するという社会主義的な政策を推し進めることで、共産主義化、国家社会主義化への地ならしをしたと考えられます。1950年代にアメリカで激しい赤狩り(レッドパージ)が起きましたが、アメリカは長く続いたルーズベルト政権によってかなり共産主義に侵されており、どうしても荒治療が必要だったわけです。

そんなルーズベルトですから、第二次世界大戦では、ソ連に大量の武器供与を行っていました。航空機1万5千機(零戦の全生産量に匹敵)戦車(7千)や装甲車(6千)、トラック(38万)にジープ(5万)、銃に弾薬も何百万発。ソ連はアメリカの力で勝利したと言って過言ではありません。同様に中華民国も支援して間接的に日本を叩きましたが、最後には見放し、中国共産党に中国を明け渡しました。

さらにルーズベルトはすでに降伏したいと言っている日本に対し、ソ連が参戦することに賛成しました。そして、満州はもちろん、北海道を分割占領させたいと考えていました。

白旗を振る日本に落とされた原爆

日本は軍部がポツダム宣言を無視して戦争を長引かせたと言われていますが、実際は違います。日本は何度も終戦に向けて和平交渉を求めていました。しかし、連合国側は理不尽な完全無条件降伏を掲げ、交渉の席を設けませんでした。日本は最後、すでに弱った日本への参戦を決めていたソ連にまで和平の仲介を頼んでいました。しかし、参戦前からヤルタ会談(秘密協定)で、日本から南樺太、千島列島、満州での権益を貰う約束を取り付けていたソ連は無視し、アメリカやイギリスも応じませんでした。

そしてアメリカの覇権を誇示するために、原爆が落とされました。しかもそれは、海や山ではなく、軍事基地ですらない民間人が住む都市に落とされたのです。

フーバーは、「日本は1945年、5月、6月、7月と白旗を掲げて和平を求めたが、トルーマン(※1)は拒否した。日本との和平はただ一つの譲歩で達成できた。それは天皇の地位の保全である。最終的にこの条件を受け入れたのは数十万の人命が犠牲になった後だった。」と状況を正確に把握しています。

(※1) ルーズベルトは、1945年4月12日に死去、その後トルーマンが大統領代理として指揮をとった。

フーバーは実際、1945年5月にトルーマンに直接会い、日本と終戦するように提言しています。しかし、その提言は受け入れられませんでした。
そして「白旗を揚げている国に対して、原爆を2発も落として虐殺し、結局は無条件降伏を取り下げて終戦にした。原爆投下はアメリカ人の良心に重くのしかかる罪である。」と、はっきり非難しています。アメリカ側から見ても、このような認識があったわけです。

大戦は共産主義と民主主義の戦いだった

日本の軍隊にも共産主義者は入り込んでいました。日本陸軍は皇道派統制派という二大派閥にわかれており、皇道派がソ連との対決を志向していたのに対し、統制派は親ソ連で、親社会主義派でした。戦争末期にソ連に仲介を頼み、徹底抗戦で戦争を長引かせたのは、日本が徹底的に破壊された方が、戦後の社会主義革命がやりやすいからという考えからでした。皇道派は、共産主義になることを恐れていましたが、統制派の妨害でうまく戦争を終結する方向にもっていくことができませんでした。

終戦前に行われたルーズベルトとチャーチル、スターリンのヤルタ会談(秘密協定)は、第二次世界大戦後の利害調整を行った会議だったわけですが、当事国不在で世界の国々を共産主義者に割譲するための協定だったと感じます。ドイツを東西に分割し、朝鮮半島を南北に分断したのもこの時です。バルト三国などをソ連の勢力圏として認め、対日参戦を条件に、ソ連に南樺太など日本の北方領土を与えることなどが合意されました。中国についても、ソ連の手引きで中華民国(蒋介石)に中国共産党(毛沢東)と協力することを迫り、結局全中国を共産主義者の手に委ねる形になりました。蒋介石は国都を台湾に移すことになります。

戦後スターリンは、60万人もの日本兵をシベリアに連行しました。これは国際法違反の拉致事件であり、ポツダム宣言にも違反しています。戦争捕虜は奴隷にされ、シベリア抑留者の10%が殺されています。台湾では、国民党に抵抗しようとした台湾人(日本人)数万人が虐殺されました。

第二次世界大戦の勝者は、明らかにスターリンと、労せず中国を手に入れた毛沢東でしょう。

第二次世界大戦(太平洋戦争、大東亜戦争)は、軍国主義と民主主義の戦いだったと言われます。しかし、実際には、共産主義と民主主義の戦いでした。そして、ルーズベルトとチャーチルの尽力によって共産主義が圧勝した形になりました。全中国は共産主義の手に渡り、ソ連は膨大な地域を勢力圏に取り込みました。

イギリスやフランスは、戦勝国とはいえ、かつての植民地をことごとく失い、国力を著しく損ないました。アメリカは、共産主義国に強大な力を与え、自ら強大にしたソ連と冷戦を戦わなければならなくなりました。

マッカーサーは「太平洋において米国が過去100年間に犯した最大の政治的過ちは、共産主義者をチャイナにおいて強大にさせたことだと私は考えます。」と発言しています。

フーバーも、戦後世界に共産主義の種をまいたことを痛烈に批判しています。「モスクワ会議、テヘラン会議、ヤルタ会議、ポツダム会議そして誤れる対中政策を通じて、第三次世界大戦を引き起こす危険のある竜の歯が、世界中の至る所にばらまかれた。その結果何年もの「冷戦」が続き、おぞましい朝鮮戦争が勃発し、北大西洋同盟が弱々しく成立したが、アメリカが再び敗北する危険は常に付きまとっていた」

アメリカが作り出した強大な共産党国家は、今も世界を苦しめています。ソ連とアメリカとの長い冷戦は1989年まで続きました。中国は共産主義の皮を被った資本主義の化け物になり、影響力を広げています。他国に借金を負わせ土地を奪い取る一帯一路政策、他国の海域に人工島を作り領海を広げようとする南シナ海問題知財権問題ウイルス兵器の開発、ウイグルやチベットへの侵略と占領、同地区での核ミサイル実験自国民の大量殺戮。フーバーは大三次世界大戦が起こるとすれば、このアメリカが生み出した化け物とアメリカの戦いになるだろうと鋭く指摘しています。

勝者の論理で裁かれた東京裁判

最後に東京裁判(極東国際軍事裁判)について少しだけ触れたいと思います。東京裁判は、日本の指導者28名を、「世界征服をたくらんだ」として「平和に対する罪」「人道に対する罪」という(国際法違反の)事後法で裁いた、勝者による見せしめショーでした。民間人を無差別に大量殺戮したアメリカは裁かれることはありませんでした。

この裁判でインドのパル判事は日本は無罪であるとして、終始一貫して全員無罪論を主張したことで知られています。「戦勝国が敗戦国の指導者達を捕らえ、自分たちに対して戦争をしたことは犯罪であると称し、彼らを処刑しようとすることは、歴史の針を数世紀逆戻りさせるような非文明的行為である。」「この裁判は文明国の法律に含まれる貴い諸原則を完全に無視した不法行為である」と宣言しています。

また東京裁判が終わった後に、その他の判事(国際法に関して素人同然の人間が集められた)たちも、次々とその誤りを告白しており、「戦勝国が戦争法規を踏みにじった違法裁判であった」と発言していることはあまり知られていません。

日本で、この東京裁判でのパル判事の判決書が全訳されて読めるようになったのは、2017年です。

また、さらに言うと右翼の捏造だと言われてきたGHQの指令文書「WGIP」(※2)の書類が日本人の調査により発見され公開されたのも2015年、つい最近のことです。

(※2) WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム):GHQによる戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画。日本人に戦争犯罪の意識を刷り込ませる為に、軍国主義者という架空の悪人を作り出し、それに対する批判と人民への同情を繰り返し呼びかけることで、反戦・贖罪意識を植え付けていくという洗脳方法。共産主義者の用いる洗脳手法が応用されたことが分かっている。

私たちは戦争から何を学ぶべきか

私たちは長い間、意図的に本当のことを知らされてきませんでした。

私は今まで真実だと思っていたことが、どんどん覆されていく中で、はじめて「日本が今も敗戦国である」という実感がわき上がってきました。そして今まで疑問だらけで自分との繋がりを全く見出せなかった戦前、戦中の日本人の精神と繋がることができた気がします。戦後、GHQによって燃やされてしまった何万冊もの日本の書物には何が書かれていたのでしょうか。燃え尽きた灰をかき分けると、先人達の思いがまだチラチラと燃えているように見えます。

燃やされてしまった先人達の意志は取り戻せないかもしれませんが、50年間(日本では70年間)隠されてきた戦争の資料を読むことはできます。戦争から75年も経った今だからこそ、私たちは客観的に大戦の全容を捉えることができるのではないでしょうか?そして、それは私たちの今を考えることであり、未来を守ることに繋がると思います。

わたしは、共産主義者に強大な力を与えたルーズベルトよりも、戦争大好きなチャーチルよりも、卑怯な虐殺者スターリンよりも、日本人でありながら、嘘の教科書で嘘の情報を教え続けてきた戦後の日本人達に怒りをおぼえています。

私は小さい頃、学校の推薦図書である反戦の本を読み、読書感想文で「アジアの人達に謝り続けていかなければならない」と書くような子どもでした。しかし今は、たとえ日本が世界征服をたくらんだ悪の国家だったとしても、2世代も前の人間が犯した罪を「延々に償い続けろ」と教える日本の学校教育は明らかに間違っていたと思っています。さらに次の世代にもこのような罪悪感を植え付けるのでしょうか?そしてウソの歴史だったと知っていながら、この先も卑屈な態度で謝り続けるのでしょうか?

私は日本人が、この第二次世界大戦で反省するべき点があるとするなら、反日プロパガンダを徹底的に展開されてもだんまりを決め、自らの正当性を強く主張しなかったことだと思います。日本はハル・ノートをリークすることすらしませんでした。卑怯な戦略を遠ざけ、粘り強い外交努力だけで有事を回避することはできませんでした。

私はマスコミから流れる溢れんばかりの嘘や、反日プロパガンダに対抗する為に、間違いや情報不足は承知の上で、まず自分が発信することを優先した方がいいと感じています。私自身の反省も含めて言うと、今の日本人は同調圧力に弱く、慎重な意見ばかり大事にし、保身の為に100%を期すことを考えすぎている気がします。まずは今自分がどんな意見をもっているのか、大きな声で主張する勇気をとりもどすべきではないでしょうか。
(了)

太平洋戦争の嘘と真実 Vol.4 —最新版!学び直すのに役立つおすすめ本8選

4 COMMENTS

ともこ

更新された と思ったら 
国民皆が知らなければいけないとても重要な
真実について まとめてくださっていたのですね。
ご紹介の本 早速一冊注文しました。
ありがとうございます。

ただブログ記事は過去の、今の 無念な方たちのことを
思うだけで胸がいっぱいになり なかなか読み進めません。

いえ 私たちは知って、声を上げていかないといけないのですね。

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寺島てら

>ともこさん
ご覧いただきありがとうございます。
はじめは、短くまとめようと思ったのですが、だんだん力が入って…かなりのボリュームになってしまいました。笑
本当に、戦争については間違った情報も多く、命をかけて日本を守ってくれた先人達のことを思うと涙が出ます。
少しでも、だれかが日本のことを捉えなおすきっかけになれば嬉しいです。
紹介した本も購入いただいたということでありがとうございます。
更新が遅いですが、また見にきてください〜

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一本指

なるほど、なるほど!が止まりません。

書籍名は忘れましたが、天皇が何故戦犯にならなかったのかについて書いていた本なんですが、東條英機が暗躍してGHQに多額の資金が流れていたみたいな事が書いてありました。

あと、vol.1で50年立ってアメリカで情報を開示したと書かれてましたが、アメリカの50年ルールというのは、憲法上本当に存在しているのでしょうか?

東京裁判は国際法に則った裁判ではないと聞いたことがあるのですがどうなのでしょうか?
また、原爆の投下は一般人を標的にしてるのに、何故国際法違反ではないのでしょうか?
勝戦国だからでしょうか?

関係ない話ですが、私の祖父が終戦後のGHQの事務所?があった近くの食道で米軍の通訳的なのをやっていたらしいのですが、みんな気さくないい人達だったと言ってました。

話に脈絡がなくすみません!
いつも勉強させてもらってます!
ありがとうございます!!

P.S
慰安婦や靖国問題についても知りたいです…

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寺島てら

>一本指さん
なるほど、東條英機が天皇を守るためにGHQに働きかけていたということですか。その話は聞いたことがありませんでした。

東條英機は、「最後まで戦争継続にこだわり、終戦を遅らせた。無能な指揮官だった。」などという意見もありますが、日本が有利だった1942年8月に、すでに「いかにして戦争を早く終結しうるかを考えてくれ」と部下に発言していた記録が近年見つかったそうです。私は昭和天皇も東條英機も立派だと思います。

公文書などは日本でもアメリカでも、機密を保持する為の制度があるようです。だいたい25年、50年、75年、100年で決められているようです。それでも、その時の政権が機密解除しなければ延長されたりするみたいです。これからも少しずつ公表される資料が出てくるかもしれないですね。

ほんとに、東京裁判は、戦勝国のいじめ、リンチみたいなものですね。各国から選ばれた判事は全員、国際法の専門家ではない人でした。パール判事でさえ、当時は国際法学者ではなかったそうです。でも、パール判事はイギリスがどれだけひどい植民地政策をし、日本がどれだけインドやアジアの国の独立の為に尽力していたかよく知っていました。

しかし、連合国側はパール判事の心の中までは知りませんでした。いつも中立の立場を貫き、インド独立運動にも参加していなかったことから、東京裁判の判事に選ばれたのですが、いきなり「東京裁判は判決ありきの茶番劇である」と発言したので、連合国側もびっくりしたんじゃないでしょうか。

「戦争の勝ち負けは腕力の強弱であり、正義とは関係ない」「ハル・ノートのようなものをつきつけられれば、どんな国でも戦争するしかなかった」というパール判事の言葉が全てを表していると思います。

東京裁判の後、彼が国際法学会で圧倒的に支持され続けたことからも、彼の理屈が正しかったことがわかります。日本人では日本共産党くらいですね、パール判事を批判しているのは。

国際的な正義なんてそんなものなのでしょうね。戦争に勝ったから正義になるんですね。勝った国は原爆のように残虐な犯罪も償わなくていいんです。正義とは何か考えさせられますね。

おじいさんが通訳されてたんですか?貴重な体験をされてるんですね。GHQで働いていた人も、個人としてはいい人も多かったんでしょうね。

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